椎名林檎のバンドとしての再始動一作目です。PV試聴を参考にしてもらえばわかる通り、非常に突き抜けたバンドサウンドを展開してます。どの音も全開だあって感じですけど、一番印象に残ったのは、ドラムのシンバルの耳に残る響き方。ちゃんとリズム刻み付けつつも、『新宿は豪雨』な降り注ぐ雨っぽさも出しているようで。そう見ると、キーボードは新宿の喧騒でしょうかね。
そうした音の雨嵐の中で、きちんと存在感を切り開いてくるボーカル。声も、ちょっと毒っ気は薄れた詞世界も、相変わらずバリバリにキャラ立たせにきてますね。
この「椎名林檎世界の構築」への偏執的な情熱が、デビュー以来コアなファンを獲得してきた大きな要因だと思うのです。
ただ今回からは、ちょっと事情が変わってくるんじゃないかなと。今までのソロ活動形式だと、あくまでも個人によって計算された世界だったって印象があるわけですが、バンドという形式を取ることで、演奏者がメンバーとしてそれぞれに「せめぎ合う」、つまり椎名林檎個人の範囲を超えていくスタイルで行きたいのかもしれないなあ、という気がします。個人の内側で葛藤するよりも、一つの音楽を作りつつも対等にぶつかっていける仲間を設定することで、より「椎名林檎らしさ」が出せる、ということも期待できるわけですし。主張しまくるバンドサウンドVS椎名林檎のカリスマ的個性、という構図を、音から感じました。
それぞれの演奏者の能力が高い地点で拮抗していないと空中分解してしまいそうなやり方ですが、少なくとも今作においては、椎名林檎の持ち味をまっすぐに放出できていますし、成功なんじゃないかなと。メンバーの放つ衝動の方向と強さがうまくかみ合っているんでしょう。
詞は、一時期に比べるとぐっとわかりやすくなってますね。それでも日本語訳が必要そうなほど、凝った言い回しだらけですけど。基本的には、「あなた」と「わたし」の気持ちのすれ違い、そこからくる対話の白々しさへの苛立ち、ひとりになって行き場のなくなった思い、とまで読んでいけます。
特に行き場のない悶々とした思いというのはこの人の得意分野なわけで、『答えは無いの? 誰かの所為にしたい/ちゃんと教育して叱ってくれ』なんて、「教育」とか独特なわりに生々しいですよね。
で、そうした感情と、舞台である雨の東京の情景を重ねていたりもしますね。
『突き刺す十二月と/伊勢丹の息が合わさる衝突地点/少しだけあなたを思い出す体感温度』というフレーズに注目してみます。「伊勢丹の息」というのは、きっと外に漏れてくる暖房の比喩でしょう。刺さるような寒さの街を歩いていて、デパートから温風が流れてくる、そこに「あなた」の温もりを思い出しているわけです。少し視点を変えると、「あなた」の温もりが無ければ「わたし」は常に突き刺さるような寒さの中にあるんだ、ということですね。『誰か此処へ来て』という叫びも示すとおり、他者への依存具合が非常に高い「わたし」の姿が見えてきます。
曲のテンションも高いことですし、解釈とかあんまり気にしないで、言い回しの妙だけ楽しんで音だけ聴いててもよさそうですけどね。
東京事変
椎名林檎
コメント(3)| Track back(0) | 2004年10月04日
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