<今までのように「切なさ」ではなく「強さ」「ポジティブさ」をアピールし、新しいポップ時代を切り開く>
男性シンガーとして今や人気と実力を兼ね備えたトップアーティストとなった平井堅。そしてそのスタイルは、ひとところに留まるのではなく、その領域を広げようと積極的に動いているように感じます。
ポップでノリがよく、たくさんの楽器を使って明るさを振りまくアレンジは、前作「POP STAR」から引き続いての流れ。ただ、今回の詞のテーマは失恋から立ち直り歩き始める、という切なさ漂う内容だったりしまして。『君の声を 全てを 抱きしめて』と、また『かけがえのない笑顔忘れる 未来ならいらない』と、今は隣にいない「君」を想い続けようとする姿勢があるわけです。
終わってしまった恋という点に注目すれば、あの大ヒットしたバラード「瞳をとじて」と同じ。曲はこれほど爽やかで軽快な雰囲気ではなく、もっと切なさを醸し出すようにも作れたはずです。そっちのほうがよかった、という意見の人もいるかもしれません。
でもそうしなかったのは、ひとつには『ときめく日々をつかまえに 虹を超えて行こう』『生まれ変わる僕がはじまる』と、「前向きにこれから歩いていくんだ」という点を強くアピールしたかったからなのではないでしょうか。「君」との思い出は大切に持ち続けていくけど、それに縛られるわけではなく、新しい旅に一人で出発する。大切な人を失った切なさ哀しさよりも、そこから立ち上がって歩いていく部分を主眼に置いたからこそ、前向きさを感じさせる曲調になったのではないかなと。
「瞳をとじて」では、ひたすら失った「君」のことだけを考え続けていて、ほとんど前に踏み出そうという意志も感じられず、思い出に浸り続けている主人公像が提示された上でのバラードでした。それを考えると、やはり表現したいことの違いが、曲調に表れてきているようにも感じるのです。
また、彼としてはやはりバラード歌手というイメージが世間にはあるので、それを変えていきたいという意図もあるのかもしれません。もともと「LOVE OR LUST」「Strawberry Sex」といった軽い内容や曲調もこなしてきた彼なので、そちら側の世界もうまく見せるため、かなり極端な「POP STAR」、そして切なさを含んでいてもポップな今回の「バイマイメロディー」というように並べ、ポップで明るいイメージも広く浸透させていこうとしているのではないかなーと思います。
彼の場合、声が濡れているのでかなりバラード向きですし、そういうイメージも影響してポップソングは違和感があるような印象も受けますが、そんな印象を払拭するためにあえてスコーンと突き抜けた内容にしたり、おかしなPVを作ったりしているような気もしますが、どうなんでしょう。
たぶん今、時代そのものにおいても、この平井堅自身の変遷のような流れが出てきています。ポップな明るさ、ひいてはある種の脳天気な楽しさを含んだ80年代的な音やスタイルが、徐々に復権しつつある兆しを感じるんですよね。彼はそんな時代の空気を嗅ぎ取り、真っ先に新しい流れの旗手として動いているのかもしれません。
2004年段階では、両想い状態なのにあえて別れのことを考えたりして切なさを演出してみせたりする「思いがかさなるその前に・・・」みたいなバラードを歌っていたのが、今回は恋を失ったというシチュエーションにもかかわらずポジティブに乗り越えていこうとするポップソング。やっぱり単純に詞世界の守備範囲の広さでは済ませられない、時代に沿って曲を作りリリースしているような意図があるように思えるのです。
平井堅
コメント(4)| Track back(0) | 2006年09月02日
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