<土の匂い、日常性、すべてを肯定的に受け入れる「あたたかみ」>
やー、「蒼」なんてかっこいいタイトルがついているからちょっと警戒したんですが、実に彼ららしい(と考えている)曲でホッとしました。
「南風」のときに書いたように、レミオロメンの持ち味は「あったかさ」だと思うのですよね。熱いでもクールでもない、ほどよくあっためてくれる声と音。この曲もまた「秋」をテーマにしていながら、描かれる『冷たい雨』などの寒々しさよりも、『せめて僕らは傘さして』と歌われるときの、「傘」の内側で雨上がりを待つ小さな空間の温もりが印象に残ったりするから、不思議です。
レミオロメンの歌詞からは、「土の匂い」がします。ただ美しく形式を描写するんじゃなく、『朽ち果てたトタン屋根』みたいなものも切り取ってきたり、『落ち葉の夢』に思いを馳せてみたり、そういう取るに足らないようなものからも意味や価値を見つけ出そうとしていて、それがたとえば『泥にまみれて生まれ変わろう』という独特の価値観を感じさせるフレーズへと結びついてきていて。この歌詞世界では、「トタン屋根」も「落ち葉」も「泥」も、つまらないもの汚いものではなく、美しいものとして描いているように感じます。
そんな包容力のある世界観の中では、一般にさびしい季節とされている「秋」の風景そのものもまた肯定的に描かれます。舞い散る枯葉は先に述べたとおり、樹のほうも『葉を落とし未来に根付くよ落葉樹』と描かれたり、雨→『虹の気配』という流れもそうだし、次にまた巡りくる新しい季節を予感させるようになっているんですね。『みんな朽ちていきながら生まれ変わる』というフレーズは、この季節の循環における秋の役割をポジティブな見方で表しています。
美しいものだけを美しいとほめるんじゃなく、身の回りに当たり前にあるものや美しいとはされていないもの、さびしい季節までも美しいと感じ描く…レミオロメンのもつ「あったかさ」は、そんな世界観からも来ているのではないかなと。
コメント(0)| Track back(0) | 2005年12月23日
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