NHKのオリンピックテーマソングということで。
40曲以上の候補から選ばれたそうです。できればそのラインナップを全部知りたかったりするんですが、それだけたくさんの曲の中からこの曲が選ばれたっていうのは、やはりそれだけ意味があるわけで。
歴代のNHK公式ソングを並べてみると、
1992:バルセロナ 寺田恵子「PALADISE WIND」
1994:リレハンメル 高橋真梨子「遙かな人へ」
1996:アトランタ 大黒摩季「熱くなれ」
1998:長野 F-BLOOD「SHOOTING STAR」
2000:シドニー ZARD「Get U're Dream」
2002:ソルトレークシティ MISIA「果てなく続くストーリー」
2004:アテネ ゆず「栄光の架橋」
となってます。正直、ZARDもF-BLOODも印象薄いし、辛うじて高橋真梨子は『人を愛するため 人は生まれた/苦しみの数だけ 優しくなれるはず』というフレーズだけ頭に残っている程度で、その前になるともう寺田恵子って人の名前さえわかんないんですが。
で、居並ぶアーティストがもうまさにNHK好みっぽいなあという感じですが、それよりも重要なのは、選ばれる曲の方向性の変化です。詞の大筋はだいたい毎回同じようにまとめられる感じで、そんなに大きな差はないんですが、しかし、ずっとアップテンポの曲(高橋真梨子でさえ!)が選ばれていたのに、前回のMISIAと今回のゆずは、スローなバラードなわけです。
スポーツの祭典だから、どちらかというと聴いていて昂揚するアップテンポの曲のほうがふさわしいんじゃないか、と思いません?毎回多数の曲が候補に挙がる中で、アップテンポの曲が皆無だったというわけではないはずで。
では、なぜバラードがテーマ曲に選ばれるようになったのか。ここには、ただ競技観戦に興奮するだけでなく、選手一人ひとりにスポットを当てた「ドラマ性」を視聴者が求めるようになった/放送側が作り出すようになったことが関係しているんじゃないかな、と思います。いやまあ昔からずっとそういうものはあったんですが、より露骨になったというか。ほら、最近のテレビドラマってやけに「感動」を強調するじゃないですか。そういう、「感動の物語」を演出するのには、壮大なスケール感を出せるバラードのほうが適役なんじゃないか、と考えるわけです。
スポーツに「熱狂」よりもむしろ「感動」を志向する姿勢が、日本社会の流れになっているんじゃないかなあ、ということです。「果てなく続くストーリー」「栄光の架橋」なんて壮大でドラマティックさあるタイトルにも、それが現れてるんじゃないかと。
さて、ようやくのことで曲の内容にいきます。
といっても、詞はわざわざ指摘して論じるようなこともないストレートな応援歌ですね。あえて挙げるとするなら、出だしの『誰にも見せない泪があった』かな、これはちょっと卑怯なくらい聴き手を揺さぶるフレーズで。誰にも見せない、ということは、自分の口からは決して言えないことなわけで、それを真っ向から代弁してくれているわけですから、少しでも思い当たるフシのある人は、絶対に揺さぶられちゃいますよ。
リードボーカルが下で(っても十分高いけど)ハモリが上なのも、力強さと感動を煽る作りです。前回の「桜木町」だと、上がリードボーカルと下がハモリなんですが、これがもしそれぞれ逆のパターンだったら、それぞれの曲の雰囲気をいくらか損なっていたんじゃないかと。ちゃんと考えられてますね。
ゆず
コメント(7)| Track back(0) | 2004年08月11日
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