彼らのジャケットは、毎回オレンジがあしらってあって面白いですね。
さて、「花」をテーマにした曲は星の数ほどあります。RAG FAIR「HANA」の記事を書いたときに、歌詞内の主張から大きく「バラ派」と「タンポポ派」に分けてみたりしましたが、レンジはちょっと具体的に「どういう花になる」みたいなことは言ってないですね。どちらかというと、タンポポ系のが強いような気がしないでもないですが。
そういう見方よりも、たとえば『花びらのように散っていく事/この世界ですべて受け入れてゆこう』というような、ある種の悟りのような気持ちを「花」に関連付けて表現している、という点に注目してみたいです。こうした「悟り」は近年のメッセージソングに見られがちな傾向で、「今を精一杯生きる」がメインでありながらも「すべてはいつか終わりがくる」「今を振り返る時がくる」という達観めいた視点があったりするわけです。ポジティブな熱さと儚さゆえの切なさを、同時に聴き手に与えようとしているわけですね。
この曲なんかまさにそうで、『今という現実の宝物』と現在を大切に考え精一杯生きながらも、散りゆくことを受け入れようとしています。なんか、実に素晴らしい若者の姿ですよね。無理やり最近の邦楽事情に組み合わせてみると、青春パンクなどのメッセージソングの流れが、あの「世界に一つだけの花」が見せたような、「花から悟りを得る」視線と重なって結実したのがこの「花」なのだ、と言ってしまってもいいのかなヤバそうかな。
まあ少なくとも、ここ最近の邦楽の好まれる歌詞の潮流に乗っているのは確実です。
ただねー、どうも自分の言葉でつづっている感じがしないんですよね。『生まれ変わっても あなたのそばで 花になろう』とか、どっかから言葉を借りてきたような感じ。パクリとかそういう意味じゃなくて、台詞が身の丈にあってないというか。
それはまあ、ある意味では偏見なんでしょうけど。自分くらいより上の年代、つまり彼らと同じかそれより上の人は、やっぱりどうも「わかったようなことを言うな」みたいなものを感じてしまうと思うのですよ。「最近の若いモンは云々」と言いたいわけですよ。なんだかオレンジレンジって、支持層と不支持層の温度差をビンビン感じません?
とにかくあんまりそういう見方で低く評価するのはここの方針として嫌なんですけど、ただやっぱり『花はなんで枯れるのだろう』からずっと「なんで〜だろう」が続いて『なぜボクはココにいるんだろう』、『何故キミに出逢えたんだろう』と続き、そして今なぜと言ったのに次で『キミに出逢えた事 それは運命』と断言しているのは、やっぱりちょっとどうかと思います。はい。
その前までも多少安易ではあるんですけど(わざわざカタカナ使うのもそうだし)まあ感情は盛り上がるのでいいかなって思えるんですけど、そこまで疑問を積み重ねたのに「運命」で片付けちゃうのは、ねえ。
この辺が、「今を生きる」と「ずっと先まで達観する」とのメッセージ併用の危なっかしいところでして。うまく組み合わせないと、矛盾が出てきたり、こうして「今現在のわからないこと」をあっさり「悟っちゃう」とかいう事態になっちゃうわけですね。
サウンドのほうは、感動を演出するのがすべてストリングス任せになってしまっているような気がします。バンドセクションもいるんだから、もっとギターのアルペジオが前面に出てきてもいいんじゃないかと。「ミチシルベ〜a road home〜」の「ラララ」のとこのような、強烈に耳に残る部分がないのもちょっと残念かな。ボーカルは、多人数を生かして低いほうにオクターブ重なるのとか、面白いと思うんですが。
ORANGE RANGE
コメント(12)| Track back(0) | 2004年11月12日
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