ひたすらセンチメンタルな音楽で突っ走るGOING UNDER GROUNDの最新シングル。通して試聴できるPVはちょっと映像的に強烈ですが、ひとたび聴いてしまえば、何かしら心が揺さぶられるものがあるはずです、と言い切れる、切なさ全開な出来になっています。いや毎回そうなんですけど、今回は特に少年時代の回想なイメージが強く、凶悪なくらいに郷愁のツボを刺激してきます。
ここで、「詞のどういう箇所が切なさを出しているのか、引用して分析する」ってのがいつもの自分のスタイルなわけですけど、この曲の場合はっきり言って「全部」です。どこを切ってもセンチメンタルまっしぐら。
ただし注意しておきたいのは、ここにあるのは単なるノスタルジーではないってこと。回顧であっても懐古ではない、「あの頃はよかった」ではなく、「あの頃からいろんなものを失った今」の自分を見つめている視線(『僕はどんな風に見える?』という問いかけが示すような)が中心にあるというか。「懐かしさ」よりも、「寂しさ」「喪失感」が前面に押し出されているわけですね。
で、そうした心残りの最たるものとして『君に言えなかった「サンキュー」』がある、と。伝えたかったのに伝えられなかった感謝の言葉、それは切ない感動な要素トップ3に入るくらいの強力なものです。かく言う自分も最近KOKIA「ありがとう・・・」で泣きましたが。この「サンキュー」は先に述べたように全体がとにかく切々としているので、あざとさもまったく感じません。それは、「ありがとう」ではなくてもっと軽めの「サンキュー」であるせいもあるかもしれません。こっちはこっちで、過ぎ去った日の親しさ、みたいなものを内包していて、ぐっとくる言葉なんですけど。
で「いろんなものを失ったり、不完全な自分だけど、前向きに生きていくよ」という締め方になるのはもうこの種の曲の必然なんですけど、しかしポジティブさの描き方までもたとえば『すり減らした靴と声で』、『泣きたいときに泣ける強さが/どこかでかならず僕らを守りつなげる』と、手にしているものは貧弱で、強さとして掲げるのは泣けることで、とぜんぜん力強くないナイーブさでもって示されています。文句なく、センチメンタルに徹底した詞世界だと言えるでしょう。
音もセンチメンタルです。キーボードがひたすらビブラフォンの音色をこれでもかというくらいに柔らかい音で奏でていて、これだけで雰囲気が十分に出てます。盛り上げ方もよく出来ていて、前作「ハートビート」の時指摘したアレンジの難が、ずいぶん改善されている印象です。間奏前のブレイクと、たまにやっぱりドラムのシンバル系が重く聴こえるのが気になったんですけど、あとはかなりよく出来ていると思います。
声も味あっていいですよね。『欲しがった』のとこの言い方とか、実にうまいし。
前から気になってたんですけど、シングルタイトルって、カタカナ縛りなんですかね?なんだかこだわりがありそうですが。
GOING UNDER GROUND
コメント(0)| Track back(0) | 2004年10月16日
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