 | ソメイヨシノ (通常盤)
ジャニーズ・エンタテイメント ENDLICHERI☆ENDLICHERI, 十川知司, 上田ケンジ
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<まず先に「桜」ありき、感受性が全開になって曝け出された曲世界>
kinki kids堂本剛のソロワーク的ユニット、ENDLICHERI☆ENDLICHERI。「エンドリケリーエンドリケリー」と読むそうで、なんか古代魚の名前らしいです。
自己プロデュースで、その活動になんだか難解な名称をつけたりと、とにかく「こだわり」がある、あるいはこだわりを見せたい、そういう気持ちが透けてくるような感じがします。アイドルとかジャニーズとか、そういう肩書きや用意された舞台の上ではなく、自分の思うように自分の感性で勝負したい!みたいな。
そんなわけで、曲にもいろいろとこだわりが見られます。1コーラスの途中で間奏をはさむような曲展開にしろ、奥行きのある響きを意識しているサウンドや、その盛り上がり方などなど、アレンジの端々に「表現したい!」「世界を作りたい!」という意志をびんびん感じます。
歌詞もしかり。言葉と世界観が徹底されているというか。
『叫ぶ声がまた 墜落した…』というような無力感の表現、『潜めて逝こうか 潜めて寝ようか』みたいな言葉のセンスなど、どこか病んだ雰囲気があって、こういうのはやっぱりただジャニーズで活動していたら背負えない部類のものだよなあと感じます。
詞世界としては、『ソメイヨシノ』の咲く姿に『まさか天へと昇った/あなたの分身とかではないよね?』と、今はもういない人を重ね合わせているというものですね。ただ、どちらかというと、「『あなた』を失った哀しみ」がメインにあって桜がその感情を演出している…というよりも、「桜の『ピンクの花弁/美しく 身に纏って』咲いている姿」がまず先にあって、それに感動した勢いで「もう二度と会えない相手」という悲恋のシチュエーションを思い浮かべた…というような感じがします。歌を絵に置き換えるなら、桜の美しさに感動して、それを表そうとして、絵の中に実際にはいなかった人物も入れてみた…みたいな。
そうでもないと、『綺麗に整列している姿』なんて部分に着目したりしないと思うんですよね。桜並木のスケッチがまずあって、そこからこの曲のイメージや設定が生まれてきたんだろうなと思うのです。
というわけで、やりたいことは凄くよくわかる!ってくらいに伝わってくるし、表現したい世界もどこか内向的でわりと好きなんですが、その想いゆえにちょっと手触りがゴツゴツとしているかなあと。まあでも彼がやりたいことは曲世界を構築して聴き手に提示するというよりは自分の感情をありのままにさらけ出したい、という向きが今は強いようですし、実験的な部分は否めませんがこれはこれでいいのかなと。ミスチルの影響も一時期凄かったですが、自分の方向性を模索しているんだなあ、という感じもしますし。
ENDLICHERI☆ENDLICHERI
堂本剛
コメント(0)| Track back(0) | 2006年03月29日
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