 | 個人授業
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ misono, 阿久悠, イズタニタカヒロ
このアイテムの詳細を見る
|
<限定されたシチュエーションを外側から眺める「劇場型」ソング>
元day after tomorrow、倖田來未の実妹・misonoのソロ第2弾シングルは、フィンガー5の往年のヒット曲。フィンガー5はご存知の通り沖縄出身の実の兄弟5人組ということで、姉妹でそれぞれ音楽活動をしていることに一応かけているのかなーと思いました。
それにしても独自路線というかなんというか。本人が楽しそうなので「売れるため!」みたいな雰囲気を薄まってますし…お姉さんと同じ路線で行っても仕方ないし、大塚愛ともちょっと違うはっちゃけ方だし、これはこれでいいんじゃないでしょうか。
日本歌謡曲の歴史を語るにおいて外せない作詞家の一人・阿久悠が作詞するこの曲。いまさら説明するまでもなく、先生に恋してしまう僕ちゃんのお話になっています。『あこがれのあのひとは』『あなたはせんせい』とひらがなで書かれる幼い部分がやっぱり印象に残ります。
一方で、先生が生徒に『いけないひとね』なんて言うかなあ…?という疑問もあるんですが、これは男性諸君の妄想をうまいこと具現化しているんだなあと思ったり。大人の女性にたしなめられたい!みたいな。そういう不純なものが子供視点から描かれているから、純粋に感じられて、男性女性を問わず幅広く受け入れられたんだなあ、と。これがもうちょっと年代上がって、さらに純粋さを主張しないように描くとスガシカオ「19才」みたいなアレな曲になるわけです。
それにしても、「先生と生徒」というような関係を限定した曲というのは、現在の音楽シーンでは主流ではありませんよね。「僕」「わたし」や「君」「あなた」の現実的な所属(年代とか職業とか)が描かれることって、昔よりも減っていると思うのですね。
それは「主観的共感型」の曲が増えたからかな、と思います。つまり、歌の主人公達に自分自身を重ね合わせる聴き方が一般的になっているのではないかと。
対してこの「個人授業」は、モーソーを煽るとかってことはあっても、あくまでも「面白い歌だなあ」とか「この主人公の男の子がマセててかわいい」とか、外側からストーリーを見つめる視点で聴くことになる曲ですよね。「劇場型」とでも言いましょうか。聴き手は、自分自身と切り離して曲を見るわけです。
共感できる歌こそが「いい歌」だ、みたいな概念が、今はすっかり浸透しているように感じます。女性アイドルポップスがどうも現代で受けにくいのは、構造的に「共感」をウリにしにくいからではないかなと。モー娘。なんかは全盛期はまさにゴージャスな「劇場」な感じでウケてましたが…男性アイドル側はわりと「共感」側もいけるんですけどね。
misonoは 前作「VS」は内容としては「主観的共感型」だったのですが、どうも恰好とか見るとパフォーマンス要素が強いようですし、ここはひとつ「劇場型」を目指してくれても面白いんじゃないかなーと思います。でも、新しく作ってもあんまり上手くいかなそうだよなあ…、
misono
コメント(0)| Track back(0) | 2006年07月22日
|