<内から外へのはっきりとした転換、それでも変わらない強度を持った「伝えたい想い」>
Coccoが帰ってきました。それも、ずいぶんイメージを変えて。以前の暗く重い路線とはまったく違う、明るく軽い歌。
自分は昔のCoccoの歌はとても評価していますが、こうして今スタンスが変わってきていることで、「変わっちゃったなー」「丸くなっちゃったなー」などと残念に思ったりは少しもしていません。自分にしては珍しいくらいに。なぜかというと、今のCoccoも、伝えたい感情をまっすぐに伝えようと歌っている、その点ではなんら変わっていないように感じているからです。
今までのCoccoは、「伝えたい感情」を持て余し、自分の内側でどろどろと煮詰めているようなタイプの曲を描いていました。印象的な、『ハロー ハロー ハロー』の連呼からもわかるように、この歌は明らかに、自分の外側に向けて歌われた「呼びかけ」の歌です。しかも、特定の誰かへの想いだけでなく、もっと幅広く、『無差別級に/祈った』りしてみるなど、たくさんの人へ届けようとする意志が感じられます。さらに「届かない」ことを嘆いていた時期とは違い、『届くかなぁ』とつぶやいてみたり、少しずつ外側の世界を信じ、つながれるかもしれないという期待がのぞいてもいます。
彼女は、こういうタイプの歌は、明らかに作りなれていません。以前はさまざまな表現を駆使して自らの内面を描写していたのに比べ、はるかにシンプルな言葉を、単語レベルで切り張りしたかのように、断片的につづっていっている、という印象があります。伝えたいがゆえに表現を練るのではなく、たどたどしくも不恰好でもいいからありのまま伝えたい、という方向へとチェンジした感じ。
さて、Coccoの話ばかりですが、このSINGER SONGERというユニットは、くるりの岸田繁や佐藤征史が参加してまして。前に「こっこちゃんとしげるくん」としてコラボした流れが、そのまま本格的活動になった、ってな経緯のようです。
くるりは、意味のなさげなフレーズを歌ってみたり、歌詞っぽくない日常のヒラの言葉をベースにしてみたり、あるいはいきなり打ち込み取り入れてみたり、わざと「歌」を解体してみることで何か伝わるようにしよう、というような実験的スタンスのある(と個人的に勝手に思っている)バンドで。そういう部分で考えてみると、Coccoの新しい方向性に踏み出したばかりゆえのつたなさを、うまく多くの人に届けられるようにバックアップする、という作業はけっこう合っているんじゃないかなと思います。
SINGER SONGER
Cocco
くるり
コメント(0)| Track back(0) | 2005年07月16日
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