 | 青春アミーゴ (通常盤)
ジャニーズ・エンタテイメント
修二と彰, zopp, Shusui, Fredrik Hult, Jonas Engstrand, Ola Larsson, 山下智久, Tomohisa Yamashita, Tomoji Sogawa, 亀梨和也
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<キャラ名義曲の浸透と懐かしい歌謡曲の匂い、その実体は現代らしさ漂う悲劇のパラレルワールド>
ということで、あれよあれよという間にミリオン達成してしまった2005年最大のヒットシングル。NEWS山下智久・Kat-tun亀梨和也の二人組。出演したドラマ「野ブタ。をプロデュース」内のそれぞれの役どころが、そのままコンビ名になっているとのことで。
ジャニーズの限定二人組ユニットというと、一年前にスマッシュヒットしたトラジ・ハイジ「ファンタスティポ」を思い出します。あちらもまた映画の登場人物としてのリリースでしたし、また懐かし歌謡曲サウンドという点でも非常に似通っています。トラジ・ハイジの成功が今回のユニットの下地になっているということは、容易に推測できます。さすがにこちらのCDには、謎のトークは収録されてはいませんが。
また、その後に映画「NANA」とその主題歌NANA starring MIKA NAKASHIMA「GLAMOROUS SKY」と挿入歌REIRA starring YUNA ITO「ENDLESS STORY」の大ヒットがあり、どちらも役柄名義でリリースされています。こうした、キャラクターを前に出した音楽というものが、この一件で一気に馴染みやすいものになったというのも、ビッグヒットの要因のひとつではないかと考えています。
さて、「ファンタスティポ」が映画のタイトルをそのまま付け、NANAもまた映画で実際に使用されるなど作中イメージに合わせているのに対し、修二と彰は名前こそ登場人物名ではあるものの、曲の内容はまっったくドラマに関係ありません(ドラマの中で歌ってたりするんでしょうか?)っていうか、びっくりするくらい突飛なシチュエーションです。『携帯電話』が鳴り響いているからには現代なのかもですが、『ミ・アミーゴ』(=友よ)と呼びかけてみたり、一人は何者かに追われ、相棒が駆けつけたときには手遅れだった…という、昔の刑事やマフィア映画のようなシチュエーションで、芝居がかってます。『地元じゃ負け知らず』なんて言っちゃうのもレトロなセンスという感触ですし、意図的にパラレルワールドを作り出そうとしていると考えられます。
もともと現実の一般社会とは離れた存在である芸能人二人組が、架空の人物名義で、どこにも存在しない設定の世界を歌う…という、何重ものフィクション構造がここにはあるわけです。
さて、自分はこの曲を聴いて、真島昌利/あるいは近藤真彦「アンダルシアに憧れて」を思い出しました。哀愁歌謡な曲調、「今、ここ」ではない舞台設定、芝居がかった言い回し、悲劇のシナリオ、アイドルが歌っている…と、共通項が非常に多いんですよね。
両曲の比較を細かくやっているとキリがないんですが、大きな違いを挙げておきましょう。
・「青春アミーゴ」はさっき述べたように、架空のキャラ名義で歌っているぶん、一段階フィクション構造が多い。
→たとえばこの曲を実在の歌い手で歌ったら、今の時代、ちょっと受け入れにくいのではないか。このワンクッションの入り方が、15年の時代の差なのではないだろうか。
・「アンダルシア」が悲劇の中でも待ち合わせの約束を守ろうとし二人の未来を夢見ているのに対し、「青春アミーゴ」は『例の約束 守れないけど』とこぼし『旅立つ日の綺麗な空』を思い出している。
→前者は決して叶うことのなくなった夢をそれでも追おうとしていること、後者は叶わないことを自覚し過去の良き時代を思い出すことで、それぞれ悲劇性を演出しようとしている。
・どちらの曲も設定や言い回しが芝居がかってはいるが、最初から最後までハードボイルドに徹している「アンダルシア」とは違い、「青春アミーゴ」のほうは親友同士のやりとりだという点で、「素」っぽい雰囲気もある。『ごめんな』とか。
→ある種のとっつきやすさも取り入れたかったのではないか。
というところでしょうか。
こうして比較してみると、架空世界を演じる歌でも、曲同士の違いがそれぞれの時代の違いにつながってくるように感じられるんじゃないかなと。
逆に共通点に目をつけても面白いですよね。どちらも泣き歌謡で、「アンダルシア」がわりと上の年代の男性のカラオケ人気が高いことを鑑みると、「青春アミーゴ」が大きなヒットになったのは、そういった層も持ち歌にしたくて買っているからかもしれない…とかですね。
修二と彰
コメント(8)| Track back(0) | 2005年12月31日
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