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4/21リリースですが、ずいぶんとロングヒットになってます。
この手の曲は苦手というか、あんまり興味がなくて、まずこの曲をラップだとかヒップホップだとか、どう呼んでいいものかがまずわからなかったり。
けれどこのジャンルにおいて、最近の流れとして特筆するべきなのが「叙情性」いわゆる「泣き」を前面に出した曲調がかなり大きなムーブメントになっていること。ちょっと前までは「俺がナンバーワンだ!」みたいなものばかりだったのに、いつの間にかそうしたアッパーなものとは別に、すっかり邦楽におけるヒップホップの特徴のひとつになってます。
この「叙情ラップ」(便宜上、今名付けた)は、多くの人に受け入れられるちゃんとした根拠があって。たとえばヒップホップってのはバックトラックはだいたいシンプルなループになってるのが通式ですが、この循環コード繰り返しってのはかなり人間の感性に訴えてくるものなんです。しかも今回の「涙」のように、哀愁漂うマイナー調をストリングスで流したりしたら、それだけで日本人は琴線をくすぐられます。
また、韻律で詞をつむぐのも、情感を込めるのには有効です。音を重ねることでそれぞれの言葉の持つ喚起力が強くなるし、「〜して、〜して」と動作の連続になりやすいのも、押韻としてはやや弱まるものの、畳み掛けてくる調子が生まれて、聴き手に押し寄せてきます。
さらに、日本には昔「青春フォーク」というジャンルが成立していて。これは「哀愁を帯びた音楽」と「語っているような歌い方」という二点において、いわゆる「叙情ラップ」と共通しています。つまり、こうした「叙情ラップ」を受け入れる土壌が日本には根付いていた、これもかなり大きいと思います。だってたぶん、外国では、こういうのないんじゃないかなと。日本独自のジャンルとして非常に注目したいところです。
特にこのケツメイシは、「日本語で表現する」ことにこだわりを持っているようで、好感が持てます。今回も考えて日本人のツボを押さえにかかっている感が。『泣いて 泣き疲れるまで 湧いて 湧き溢れ出てくるだけ』とか、『飲んで飲んで飲まれて飲んで/飲んで 飲み潰れてしまうまで』(河島英五「酒と泪と男と女」)を思い出させます。まあちょっと飛躍しすぎかもですが、こういう繰り返しってやっぱり母国語で言ってこその情感、臨場感だと思います。
ケツメイシ
コメント(0)| Track back(0) | 2004年06月20日
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