岡林信康とHIGHWAY61に同名の曲があるようですが、どちらも知らないため関係性は不明です。たぶんないとは思いますが。
えー長渕剛が全開です。曲調も荒野を疾走するライオンのイメージも爽やかなもののはずなのに、とてもギラギラとした響きを出しているように思えます。それはこの歌がただライオンのことを歌っているわけではなくて、間違いなく現代社会へのメッセージがぎゅうぎゅう詰めに込められているからですね。
金色のライオンは、長渕剛自身です。『吠えても吠えてもただ風が/たて髪を揺さぶるだけかい!』という苛立ちは、明らかに本人から発しているもので。『明日、お前も露骨な/SAMURAIになって這い上がれ!』露骨な、ってのが今イチぴんと来ない修飾ですが、つまり言いたいのは「金色のライオン」=「SAMURAI」
にお前らもなれよ、っていうことですね。
こういう「思想を強制するような歌」ってのは、個人的に苦手なんですよね。自分の言うことが正しいんだからみんなこうするべきだ、みたいなところが。ただ、こうしたタイプの歌がなくなってしまったら、それはそれで寂しいです。もちろん共感して勇気付けられる人もいるでしょうし。『撃ち抜かれた悔しさで/死んだはずの俺』と、死の淵から生還したヒーローを自らに重ねてしまえるような人は、やっぱり最近とんといないわけで。現代では流行らないタイプですが、そんなことは関係ねえとばかりに我が道を突き進んでいるからこそ、共感し自分も「金色のライオン」になろうというファンも、彼についてきているんでしょうし。
今回は、似たようなコンセプトの「猿一匹、唄えば侍」よりかなりメッセージ性は薄めにしてはあるんですが、曲そのものの疾走感はけっこう好きなので、やっぱり現代の若者への喝は完全に抜いてもらいたかったところです。
メッセージ性を否定しているわけではなく、「静かなるアフガン」みたいに完全に社会風刺に徹する曲もありだと思います。ただそういう方面で、長淵剛という歌い手のキャラクター性はすでに確立しているので、今回も何も「SAMURAI」とか入れなくても、十分に立ち昇ってくるものはあったはずだろうなあと。押し付けっぽさのない「とんぼ」とか「しゃぼん玉」のほうが、ずっと歌い手の姿勢や生きざまに共感できる気がします。
長渕剛
コメント(0)| Track back(0) | 2005年01月19日
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