 | 全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ
ソニーミュージックエンタテインメント
サンボマスター, 山口隆, 阿久悠
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<全てを受け入れ、全てをさらけ出すために選ばれた「タンバリンの響き」>
サンボマスターは、現実的な歌を作ります。
たとえば多くの歌が素晴らしい未来を描き、そこにたどり着こうと呼びかけたりするわけですが、彼らははっきりと『夢に描いた景色など 君の前じゃ捨てちまうのさ』と言い切ります。理想を追い求めることよりも、「君」といる今このありのままの現実を進んでいこうとしているんですね。未来に希望を見いだすというより、現実で精一杯のことをしていく。そんな姿勢がはっきりと打ち出されています。
さて、そんな現実を踏みしめるこの曲ですが、なぜ鳴らすのは「タンバリン」なのでしょうか?
なんとなく「トライアングル」ではダメそうな感じです。じゃあ「大太鼓」ではどうだろう。「トランペット」のファンファーレのほうがカッコよくていいんじゃないか…とか、いろいろ考えてみることもできます。なぜ、タンバリンが選ばれたのでしょうか。
タンバリンというのは、裏表のない楽器です。や、もちろん叩く方が表ではあるんですけれど、そういう意味じゃなくて。「叩けば鳴る」そんな明快さがある楽器なわけです。何の技術も感情も入る余地はなく、叩けば鳴らすことができる、と。
もちろんいろいろな鳴らし方のテクニックは存在するんだけれども、「誰にでも鳴らすことができる」というイメージがある楽器だと思うんですよね。また、打楽器の中でもポピュラーで、どこにでも持っていけるコンパクトさ、明るい音だという印象もあります。「賑やかし」に効果的である、踊りながら打ち鳴らすこともできる、なんていうのもポイントかもしれません。
というわけで、彼らがこの曲で『鳴らせ鳴らせ心の声を』と歌うとき、「すべての人に」「悩んだりしないで」「明快な音を響かせろ」というメッセージを伝えたいがために「タンバリン」という楽器を選んだんじゃないか、と思うわけです。
「すべての夜とすべての朝」や『真白の雲と真っ黒な闇』『ずっとキレイなもの ずっとキタナイもの』の両面をありのまま受け入れるための、裏も表も感じさせないシンプルでまっすぐな響き。『本当さ ウソじゃないのさ』と主張するように、その音には何の意図も偽りも入る余地はなく、すべてをさらけ出さざるを得ないわけです。
『心の声』や『悲しみの過去』などを包み隠さずさらけ出そうというこの歌において、タンバリンは重要なイメージを担っているモチーフなのですね。
サンボマスター
コメント(0)| Track back(0) | 2006年01月01日
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