<終わりと思いきれない「曇り」の感情を、映像的にただひたすら吐露する>
前回の「全力少年」で一気に一線まで躍り出た彼らですが、ここでデビュー前から暖めていたというバラードを出すというのはさすがのタイミングです。
で、実際、時間をおいて熟成させたっぽい雰囲気があります。思い入れも、かなりこもっているのだろうと。どうしてそう感じるかの根拠はちゃんとあって、それはこの曲が非常に「映像的に」作られているということです。
この曲の歌詞には、ストーリーと呼べるほどの流れはありません。ただ、失ってしまった君への想いが、雨の降り出す前のほんのひとときの情景描写に重ねて描かれているだけです。こうした、ただ心情を吐露することをひたすら突き詰めたようなタイプの歌っていうのは、作り手としては大事にしてしまうものです。たとえきちんとした構成を作っていなくても、思い入れが入ってしまうわけですね。
たぶん今のスキマだったら、もっと内容を掘り下げ、すっきり整理した詞を書くはずだと思うのです。だけどこの曲は、そうやってカスタマイズしたくはなかったんでしょう。元々のパーツでじゅうぶん良くできているというのもありますし、愛着も沸いていたのでしょうし。
で、アレンジのほうも、きっちり詞世界に合わせて情景的になっています。イントロのピアノからして、灰色の雲とどこか重い空気を押し流す風が吹いているような感覚にさせてくれますね。基本はマイナー進行で、詞の感情が盛り上がるサビ部分でのみ転調し、そしてまた『雨待ち風 ほほをなでていく』と再び陰がさす…という大まかな流れに見られるように、雲のたちこめ、今にも雨が降り出しそうでなかなか降らない、そんな不安定な空間を、陽と陰(メジャーとマイナー)の狭間をゆらゆら行ったりきたりすることで、うまく表現しているんじゃないかと。
こんなに映像を表現している音楽は、なかなかありません。
上でも少し触れたように、転調してメジャー風になるサビは、感情の盛り上がりと対応しています。マイナー部分では情景描写に徹し、サビで心情をぶちまける、あるいは過去を思い返す、というように、きっちりと分けられています。こういうところが彼らは実にうまい。
そして、どんなに感情を昂ぶらせても、「雨」は曲中では降り出しません。君といた幸せな日々=「晴れ」ではもちろんないですが、かといって明らかにバッドエンドを想像させる「雨」までは行かず、それを予感させる「雨待ち風」が吹き抜けるまでにとどまっていまして。
雨が降り出してしまうと、完全に「終わった恋」という印象が出てしまうのではないでしょうか。「まだ振り出す前、今のうちになんとかできるかもしれない」という、あがき、「君」をまだ求めようとする想いを表現するのには、この不安定に揺らめく「曇り」というシチュエーションこそがもっとも効果的だったのではないかと考えます。
スキマスイッチ
コメント(2)| Track back(0) | 2005年08月19日
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