<大きな世界の中で翻弄される二人、儚く美しい情景と「君」>
森山直太朗も、大ヒットの後ちょっと肩に力が入っていたのかなんなのか、迷走気味なところがありましたが、前作「小さな恋の夕間暮れ」から、だいぶまた地に足がついてきたという気がします。
その辺の考察は、詳しいことは前作の解説をご参考いただくとして、簡単に言ってしまえば「等身大サイズの歌詞世界」に戻ってきた、ということですね。
大自然、大いなる世界の中で翻弄されるちっぽけな自分たち…そんな世界観を持った曲が彼には多いように感じます。一時期はそこに飲み込まれてしまっていたのかな、という。
身近なサイズのフォークっぽい歌でも、常に世界の存在が意識されている、といった趣があります(今回のカップリングの「伝説」とか)
そんな世界の広さを表すような、情景描写とファルセットの多用による曲の広がりが耳に残る一方で、今回の中心にあるのは「君」と「僕」の関係です。そこがブレなくなってきたなあと。
エデンの林檎を引用したりしながら、『帰れない世界の外で 小さく君を抱いた』とあるように、二人は安定した場所を離れ、頼りない状況へと足を踏み出しています。二人を取り巻く状況も、また「君」も、儚げな印象を与える言葉で描かれます。それが、『震える長い睫毛 ルルリラ/風花が濡らす』と、「風花」に重ねられ、美しくも儚いイメージに昇華されているわけです。
(風花というのは、山に積もった雪が晴れた日に風に乗ってちらつくことを指した言葉です。当然すぐ溶けてしまうわけで、そりゃ儚いですよね)
『ずっと探してた 愛し合う意味を』という言い方が意味深です。儚げな情景と君を見てその意味を見つけたのか、それとも、これからも探し続けるのか。ここの解釈は聴き手それぞれの自由でいいかなと思いますが、この「意味を求める」という一文があることで、ただキレイな世界を描きトリップしているだけではない、ということがわかります。
まあいろいろ書いてみましたが、このところの彼の作品の中では群を抜いて自分の感性と合う曲だったんで、あんまり小難しく考えないで聴いておきたいところです。
森山直太朗
コメント(4)| Track back(0) | 2006年01月09日
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