 | リトル クリスタル
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ 鈴木亜美, KZB, H∧L, 中村康就, h-wonder
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<一般的なクリスマスソングの文法に紛れ込む、歌い手の感慨>
さて芸能界復帰後の鈴木亜美ですが、エイベックスに収まった「Delightful」からずっと、90年代ダンスミュージックの復権を目指しているのか何なのか、ある種の懐かしさのあるサウンドを提供してきていました。
で、せっかくだから懐古的な音楽じゃなく、もっと別のことやればいいのに…と思っていました。ですが、今回のまっとうというかまっとう過ぎるというか、ストレートなバラードを聴いてみると、「よくある冬のバラード」になっちゃってるなあという印象を受けてしまい。個性を出すには、90年代ダンスミュージックというカテゴリを守っていたほうがいいのかも…とか思ってしまいました。
本人が書いた詞も、基本的にはクリスマスソングらしさが随所に散りばめられた、当たり障りのない内容です。「一見」。
サウンドや、サビ辺りの歌詞をなんとなく聴いている限りでは、穏やかでハッピーな一夜としてクリスマスを描いているようですが、1コーラスの内容がなんだか不思議です。『まっすぐに暗闇を/抜けていくと/そこには名前も知らない/笑顔の君がいた』に始まり、その「君」が何かしゃべったのを『僕には確かに聞こえた/ありがとうの言葉』と言ってのけたりと、ずっとイメージの中の「君」を語っているんですね。今の「君」ではなく、出会った頃の「君」を思い返しているというところなのでしょうけれど、なんだかイメージと言うよりも妄想に近い感じがそこはかとなくするのは気のせいでしょうか…
その後はごく普通の展開です。過去に紆余曲折があって今に至る彼女のことなので、過去を振り返ると詞の世界でも感慨深くなっちゃってあれこれ考えちゃっているのかな…とか考えてしまいました。
それと、サビ直後、本当に少しだけだけど明らかにパッヘルベルの「カノン」が引用されてますね。こんなとこでぶった切るなよーって感じですが、「クリスマスらしさ」を醸し出すスパイスとして入れたかったんだろうなと。「カノン」は何故か日本人が大好きでしょっちゅう引用されますが、本来、曲自体には別にクリスマス属性はないはずなのです。「第九」に代表されるように、年末にクラシックが流されやすいって傾向はあるんですが。
じゃあ何で「カノン」がクリスマスっぽさを出すのかって言うと、ご存知の方も多いかと思いますが、山下達郎「クリスマス・イブ」ですね。こちらの間奏では「カノン」の旋律が、丸ごと引用されています。このジャパニーズクリスマスを象徴するあまりにも有名な曲を踏まえてのことなんだろうなと。
日本人のイメージに「カノン」=「クリスマス」という概念を植えつけた「クリスマス・イブ」。ものすごい影響力ですね。っていうか「クリスマス・イブ」があったから日本人にとって「カノン」が身近なクラシックになったんじゃないか…という気もしますし。いやはや。
鈴木亜美
コメント(4)| Track back(0) | 2006年02月04日
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